エースはここにある
昼休み。雨が降っている。
灰色の空から落ちる雫は校庭を濡らすが、体育以外で使うことも無い校庭だからさして気にもしない。
いつからだっただろう?
校庭が遊び場では無くなったのは?
「何をメランコリーに浸っているのだ?相沢?」
そういって俺の詩的気分に土足で入り込んできたのは北川という男。多分友達。
「多分とはなんだ。多分とは」
「きまっておろう。友人なら俺の詩的メランコリックを壊したりはせんわ」
「違うぞ。相沢。親友として鬱になっているお前を励まそうと新しい提案を持ってきた俺の心が分からないのか?」
「わからん」
秋子さんゆずりの即答で返してやると、ちょっと目が潤んでいるラブリー北川になっていたりするからからかいがいがある。
北川自身傷ついていないのは知っているし、クラスを巻き込んで何かするときは必ず俺との漫才で回りの気を引こうとする。
それに付き合う俺も俺なのだが。
「で、どうした?北川?
この間見つかって没収されたエロ本でも帰ってきたか?」
「まさか!この北川いつまでも二次元紙媒体に萌えているわけではない!!」
「じゃあ、いらないわけだ。取りに来いと生活指導の……」
「まぁ、まて相沢。俺は物を捨てない地球に優しい男なのだ」
「どうでもいいから要件を早くいえよ」
このあたりで回りが注目しだしてくる。
約一名、
「うにゅ……」
と俺の隣で寝ているやつもいるがいつものことだから気にしない。
「そろそろ本題に入ろう。相沢。これを見ろ」
と、北川が出したのは片手に収まる小さな箱。
「……地球破壊爆弾か?」
「何故俺が地球を破壊せねばならんのだ!相沢!!」
北川のつっこみに俺たちの周囲で笑いが起こる。つかみは上々。
「何故って、美坂への叶わぬ恋につかれて地球全体を道連れ……」
「相沢。俺の美坂への愛はもっと広くて深いのだ」
北川は肩を軽く二回叩いて落ちを呟く。
「道連れなら宇宙全体にしないと」
「ひろすぎるわぁぁ!!」
関西芸人の必修スキルのつっこみを北川にいれて巻き起こる笑いの渦。
「相変わらずなにやっているのよ。貴方たちは」
ため息をついて現れる最強つっこみ女こと美坂香里。
「…だれが最強つっこみ女ですってぇ?」
にっこり、とても綺麗で怖い夜叉の笑みで辺りを鎮めるのもまた日常。
「まぁ、役者がそろったところで話を進めよう。
これは、地球破壊爆弾だ」
「そこに戻してどうするぅぅ!!」
俺と香里の同時つっこみで沈む北川。大受けするクラスメイト。
「わかった。わかった。トランプだ。これは。
これ以上つっこまれたら馬鹿になっちまう」
「なんだかその言い草だと、自分は馬鹿では無いと言いたいみたいだけど?」
「失礼な!俺の何処が馬鹿だ!」
「まぁ、待て。待て。話が進まん。
で、これをどうするんだ?」
「何を言っているんだ?相沢?
外は雨。水瀬さんは眠り姫。お前はメランコリーというこのまったりした状況を打開する為の究極兵器だろうが!」
「そんなことは分かっている!
俺が聞きたいのはこれを使って何をするかということだ!」
「……」
固まる北川。回りの視線は厳しい。
「馬鹿ね」
「馬鹿だ」
「うにゅ…ばかぁ…」
「水瀬さんまでぇぇ!!」
寝言だろう。きっと。
「それなら、とりあえず何かをしましょう。
で、何をするの?」
話が進めば、後は香里に任せてしまうと楽なのもまた事実。
かくして、昼休み雨の日限定教室ギャンブル場の道は開けたのであった。
「で、よ。
言い出したのは俺だが、何でこうなったのだ?」
ポッキーをぽりぽりと食べながらの北川に、
「さぁ?」
おなじく、ポッキーぽりぽりとほおばる俺。
机の上には箱単位のポッキーの山。
「うにゅ……幸せだぉ〜」
寝ながら器用にイチゴポッキーをほおばる名雪。ある意味これも凄い。
折角だからと賭け事に発展するのは「了承」並のスピードで進み、たまたま香里が持ってきていたポッキーが通貨となったはずなのだが、後はポッキーが参加資格&通貨となるまで時間がかからず、それならば換金価値までもたせたらと違法カジノの道をめでたく爆走した結果だったりする。
当然、ばれたら証拠隠滅として胴元が食べるのもお約束。
ぽりぽりぽりぽり…………
男二人感慨深げにポッキーを食べる。
これから卒業までずっとポッキーに困らないだろなとぽつりと思う。
「ああっ!!また負けたぁぁあああ!!!」
「うそっ!!!そこでそれがでるのぉおおお!!!」
カードが舞い、悲鳴が教室中を駆け巡り、ポッキーがディーラーの元にかき集められる。
「どうも〜」
営業スマイルよろしくカードを整理する香里はとても凛々しかった。
また、箱が増える。
美坂チームで四分割してもちと高校生には多すぎる金額が転がり込む事になる。
さすがに遊びじゃ済まないのでこうして三人で必死に食べているわけで。
「で、美坂どうするの?」
「どうもこうも、完全にはまっているだろ?あれは」
ぽりぽりとポッキーを租借しながら冷静に観察する男二人。
あの冷静な香里がはまっている。ギャンブルに。勝ちつづけているから。
しかも学園一の才媛がその才能をフルに発揮しているから負ける要素が全然見えない。
ちなみに、現在最後の抵抗をしている乙女が一人虚しい抵抗をしているが残っているポッキーはあと少し。
「コール」
「……」
乙女らしくない表情でカードを見つめるが、その表情は遠目の俺らにも分かる。
「終ったな」
「ああ」
「そこの二人!!私のポッキーを食べながらそんな事いわないの!!!」
八つ当たりが飛んでくるあたり本当だったらしい。
「じゃあ、勝負で」
にっこり。香里のこの微笑がまたなんとも憎たらしい。
約一名、この笑顔が見たくて全財産貢いでいるマゾがいたが目の前にいるので言わないでおこう。
ついでに言えば、彼の負け分など気にしないぐらいのポッキーは既に目の前にそびえたっている訳で。
「スリーカード」
「……ワンペア」
かくして、また一箱ポッキーが増える事となった。
「くぅやぁぁあしぃぃいい!!」
負けて吠えている乙女は完全にアウトオブ眼中にしておいて勝利に浸っているディーラーが一人。
「あれ?もうおしまい?」
瞬間的に上がる殺気など、今の香里は気づいていない。
「しかたないな。ここは一つお灸を据えてやるか」
悠然と立ち上がり、ゆっくりと香里の前に座る。
「ふーん。最後に登場するなんてかっこいいじゃない」
「エースとは最後に出てくるものなんだよ。香里」
挑発と切り返し。ゲームは既に始まっている。
正面の椅子に座る。シャッフルする香里の笑顔の仮面がまた美しい。
「さて、お客様。一体何をおかけで?」
「そのポッキー全部。賭け金は、土曜放課後のデート権」
「だおっ!!」
地震でも起こったかのような表情で名雪が飛び上がる。
周囲の視線が好奇心から興奮に変わる。
「ずいぶん自惚れているじゃない。私が受け取らないと言ったら?」
「北川のデート権よりましだろ?」
「たしかに」
「ぉぃ……」
後ろで突っ込んでいる北川はほっといてカードが配られる。
「いいわ。その勝負受けてあげる。姉からのプレゼントとして栞の絵のモデルにでもなってもらおうかしら?」
「ならば尚更負けられんな」
配られたカードを見ずに、そのまま香里に向き合う。
「俺はこれでいい」
「はぁ?」
笑顔の仮面をつけた香里に初めてひびが入る。伏せられたカードを見ながら必死に俺を見つめる。
「言っておこう。エースはここにある」
自信満々に香里に言い放つ。カードは一枚もめくられていない。
「……本当にいいの?」
「男に二言は無い」
「わかったわ。じゃあ、私も取らない」
香里もカードを置いたままで俺に向き合う。
「ならばコール。日曜のデート権もつけてやる」
カードの上に両手を置いて、俺は賭けのレートを上げる事を宣言する。
香里の顔がはっきりと驚愕に歪む。彼女の自信に不安の影がよぎる。
「祐一ぃ!」
「おぃ……いいのか?」
悲鳴をあげる名雪。心配する北川。興奮が最高潮に達するギャラリー。
「だ、大胆な手で来たわね。いいの?」
「それは香里の選択だろう。乗るならレートを上げてくれ」
平然と言い放つ俺に対して開けられていない自分のカードを見ながら香里も決断する。
「いいわ。じゃあ、私が負けたら日曜付き合ってあげるわ。
コールよ」
そう言って香里はカードを開く。
一枚ずつめくられてゆくカードにペアは10だけ。
「10のワンペアよ」
「おーけー。
じゃあ、俺のカードを開けよう」
ゆっくりと机に置かれたカード一枚ずつを持ってから広げる。
「ハートのA、
ダイヤのQ、
クローバーの3、
ハートの8、そして……」
最後の一枚であるスペードのAが香里の前に置かれる。
「スペードのA。
Aのワンペア。な。あったろ。エースが。
同じワンペアならAの勝ちだ」
ざわつくギャラリーと顔をひきつらせる香里をその場に残したまま、俺は教室を出ていった。
「まだまだ、詰めが甘いよ。香里君……」
ポケットに手を入れたまま俺は口笛を吹きながら廊下を歩く。さし当って気分は怪人二十面相か。
俺のポケットには、すそに入れてさっきAとすり返られたトランプの札が入っている。
「いかさまってのは、スキル2割にはったり8割ってね」
ポッキーを食べているときに同じ型のトランプを用意してAを服のすそに隠しておく。
そして、二回目のコールの時にすそからAを取り出して伏せられたカードの上に置く。
先に香里に手札を出させてAが無いことを確認して一枚ずつ取っていった時にすそに元のカードを弾き飛ばすという簡単なトリック。
「おっ。雨が上がったな」
この日の購買部のポッキーの売上は記録として長く歴史に残ることになる。
日曜日
「相沢君。来たわよ」
俺が賭けに勝ったからと言う理由で香里が朝早く俺の家に来た訳で。
「いや、あれはあの場を治める為のじょうだ……」
「い・か・さ・ま♪」
耳元に甘く囁かれた言葉に眠気が綺麗に吹き飛ぶ。
「知ってやがったな」
「協力してあげたのよ。あの場を治めるためにね」
そういって笑う香里はまた小悪魔っぽくてとてもかわいく見えた。
「賞品だもんな。ありがたく使わせていただきますか」
「どういたしまして。
で、何処に行くの?」
「ゲーセンのカジノ」
さっさと歩きだした俺に駆け寄りながら香里がたずねる。
「どうしてそんなとこに行くのよ?」
さっきのお返しとばかりにいたずらっぽく香里を指さしながら答えてやる。
「だって、俺のエースはここにあるじゃないか」
と。
あとがきみたいなもの
祐一と香里のポーカー勝負が見たかったが為に作ったお話。
今度、香里VS名雪とか美坂姉妹ポーカー対決とか妄想してみたり……