My Dear



 拝啓

 親愛なる倉田佐祐理様。
 ご卒業おめでとうございます。
 この三年間いかがお過ごしででしたか?
 いい三年間でしたか? 楽しかった三年間でしたか?
 きっといい三年間だったと思っています。
 なぜなら、貴方は祐一さんや舞と共に微笑んでいることができたのですから……

 たったひとりの弟だった『一弥』、彼を失ったことで貴方は全てに絶望し心を閉ざしてきましたね。
 何も感じることなく、ただ、流れるように時の流れに委ねる日々。
 そんなふうに生きていた貴方が、舞との出会いで変わっていったことは否定できないと思います。
 舞との出会い。
 入学式の日の校門での出会い。
 何故、あの時貴方だけが舞の優しさに気づくことができたのですか? 全てに絶望して自分すら見失っていた貴方が?
 ……多分、貴方は気付いていたんでしょう。
 舞も、私と同じ種類の人間――全てに絶望し自分というものを見失った人間――だということを。
 貴方は絶望して現在を見失った。
 舞は絶望して過去にすがりついた。
 自分の犯した罪はそれだけ重く苦しかったから……初めて出会う仲間だったのでしょう。
「舞を幸せにしたい」
「舞と幸せになりたい」
「相手に幸せを与えて、みんなで一緒に幸せになりたい」
 舞は貴方が見失っていたとても大切なものだった。
 貴方が犯してしまった過去の過ちを償える可能性のあるものだった。
 貴方が舞のことを思えば思うほどに、舞も貴方に心を開いていった。
 そのことが、貴方にとってどれほど癒しになっていたのか想像もできません。
 ただ、それによって舞も同じように癒されていたということには、貴方は気付いていなかったみたいですが。

 夜の学校で貴方が傷ついた日のことを覚えていますか?
 あの後、祐一さんが話してくれましたよね。
 舞が血だらけになったアリクイのぬいぐるみを綺麗に洗って大切に持っているという事を。
 それを聞いたあなたは涙が止まらなくて、二人に気づかれないようにするのが大変でしたね。
 まあ、もっとも、あの二人にはばれていたのかもしれませんけど……

 祐一さんと出会った高校生活最後の冬は本当に楽しいものになりましたね。
 忘れもしない一月十二日の昼休み。舞と祐一さんが一緒にいた時から物語は始まっていたのでしょう。
 あの、高校生活最後の一ヶ月が舞をここまで明るくしてくれました。
 舞の捕らわれた過去を解放してあげたのは祐一さん。
 あのとき、私は何もできなかったけど、それでも最後には3人で微笑んでいることができました。
 舞と祐一さんの三人で食べた昼食は、本当に、本当にかけがえのない時間でした。
 それは、舞や祐一さんにとってもまた大切なものであったと思います。
 貴方は本当に幸せを感じていましたね。
 感情がほとんど表にでなかった舞が、近頃ずいぶんと表情が豊かになりました。
 これも、祐一さんのおかげですね。
 知ってますか? 貴方も舞以上に笑っていたということを。
 祐一さんは舞だけで無く貴方の心の傷まで癒してくれていたんです。
 貴方や舞が昔失った「絆」という言葉を思い出させてくれたのですよ、祐一さんは。

 貴方はこれから高校を出て、舞や祐一さんと一緒に新しい世界へ旅立ちます。
 貴方も舞も、もう過去に縛られたり現在を見失ったりしないでしょう。
 長い長い時間をかけてやっとここまで来たんですから。今度こそ、幸せになって下さいね。
 それが、貴方を見つめていた私のただひとつの望みなのですから……
 最期に、もう必要ないであろう私から貴方へ。
 舞や祐一さんと同じぐらいの感謝をこめて。
 ありがとう。

敬具        

追伸
 今日はこれから三人で動物園に行くのでしょう?
 思いっきり楽しんで来て下さいね。


――倉田佐祐理――      









「あれ? 佐祐理さん何してるんだ?」
 祐一は、佐祐理が投函しようとしているものに宛先がないことに気づいた。
だが、佐祐理はそのままその手紙をポストに入れてしまう。
「佐祐理、封筒に何も書いてなかった」
「あははー、いいんですよ。この手紙はきっと宛先に届きますから。
 さぁ、動物園に行きましょう♪」
 一度だけポストの方を振り返り佐祐理は、祐一と舞の手を取って急かす。
 彼女の微笑みを覆い隠すように花吹雪が舞い散る中、佐祐理達はゆっくりと歩き出す。
 三人で一緒に。明日へ……
 過去への決着をつけた三人の物語はこれからが始まり。



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