たとえば、運命の糸というのがあるのなら、
こうやって劇の幕が上がるのを私は知っている。
いや、そもそも劇というものは幕の中で長く長く準備をして作られるものだ。
だとしたら、過去はきっと私がアコきゅんに出会った時から、この茶番の為に糸を紡いだのだろう。
だから過去っていうやつは大嫌いなのだ。
こっちが気づいたときには全てが終わっている。
「どなた?そんなに殺気を出して?
教会の追手でも気配を消すわよ。普通?」
「なに、馬鹿な弟子の尻拭いに来た馬鹿な師匠が辻説法に来たまでの事さ。
あんたの運命の糸。まとめて切らせてもらう」
かくして、世界という舞台の中、偶然という即興曲が始まる。
彼の拳をソードメイスで受け流す。
彼の残像が、消えたと思ったら背中に一撃。さすがモンク。
喉からせり上がる吐き気と血を我慢してヒールを自分にかける。
「いい攻撃するはじゃない。赤ちゃん生めなくなっちゃう」
「ふん。生むのが魔物なら生めぬ方が幸せだろう」
「こっちの素性はばれている訳か……」
「そっちこそ、こっちの商売知っているだろ?
あんたほどの高位の人間だ。何故魔に堕ちた?」
「堕ちた?気づいただけよ。
人間の傲慢と勝利にねっ!!」
速度上昇とグロリアをかけて耐性を上げるが向こうの速さと不意の攻撃に対処は全部後手に回る。
ソードメイスの間合い内に入り込んで三段掌から連打・猛竜に繋げられて宙に浮かされてしまう。
「これで終わりだっ!!」
「甘いっ!!」
宙に浮いた私を地面に叩きつけようと彼も飛んだその時を私は待っていた。
「レックスデビーナっ!」
「!!」
詠唱で受身すら取れずに地面に叩きつけられる私。それでも止めが刺されないならばヒールで回復できるのが強み。
彼は何もせずに一度後退して私の動きに身構える。
「……バフォメットを沈めたというのはどうやら噂ではないようだな」
「……残影使いな貴方に実力を認めてもらえて何より」
懐から取り出したのは枝数本。
「貴様っ!そこまで堕ちたかっ!!」
「論理が矛盾しているじゃない?
『最初から堕ちた』と判断して私を殺しに来たんでしょ?
貴方は人として貴方の責務を果たすことね」
乾いた音を立てて枝を折って私はテレポートで逃げる事にした。
彼は追いかけてこれない。
私が枝で出した魔物が彼を襲うだろうし、魔物を残したまま私を追うほど彼は『堕ちて』いないはずだから。
「……っ…しかし痛いな…」
ヒールをかけても出した血まで戻るわけでもない。
街中の裏路地に潜んで呼吸を整える。
信念と主義を持つあの手の使い手はアサシンより性質が悪い。私もかつてそうだったのだから。
必ずこっちに向かって追いかけてくる。
「速度増加!グロリア!キリエエレイソン!」
自分に呪文をかけながら彼を待つ。
足音がする。来たな。
その方向を向いて、アコきゅんがやって来るのを確認して思わず毒ついた。
だから現在ってやつは、大嫌いなのだ。
状況を悪化させるのが大好きなのだから。
「あ、貴方が見えたから……そのっ……上手くいえな……っ!
どうしたんですかっ!!そんなに血だらけでっ!!!」
(あんたの師匠にやられたのよ)
と、この清純アコきゅんに言って困らせる事もあるまい。
「何、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてね。
大丈夫。傷なんかはもう自分でヒールしたから」
にっこりと微笑んで頭をなでてあげる。効果は我が子で実証済み。
「ほら。いったいった。これからデートなのよ」
「その血まみれ衣装でですか?」
「……時代の最先端なのよ。ほら。いったいった」
アコきゅんは何か怪しそうに私を見ながら裏路地から出て行った。
「こら。あんな清純アコきゅんをこんな裏社会に入れなくてもいいでしょうに」
裏路地の奥の殺意に向かって吐き捨てる。
どうせあいつも私を殺るために準備しているんだろう。
「巻き込みたくはないがな。あいつもああいう性格だ。
だからあんたの背負う運命が気になっているんだろうよ」
「そんなに目立つ?」
「わざと言っているだろう?何を背負っている?」
ソードメイスを構えたままやつに答えてやる。
「魔族の未来よ」
「今の一言こそ、人として聞き捨てならんな」
「どこがっ!
人族が魔族に勝利するのはもはや見えているくせにっ!
魔族を滅ぼした後、神が人を残すと思うかっ!!」
返ってきた言葉は私を絶句させるに十分だった。
「おもわんよ。
だから魔族を滅ぼした後に、神すら滅ぼす」
「そこまで人は奢ったかっ!!」
「奢る?それならばまだ救われるさ。
恐れているのさ。神と魔の力を。だから滅ぼす。
だが、それは群れとしての人間の力だ。
貴様はその群れから外れた。
『人の未来』という運命ではなく『魔族の未来』を選んだ!」
「違う!!
人と魔と神は共存できるっ!」
思わず叫んだ後に、とってつけたように呟く。
「その言葉は私の言葉じゃないけどね。
私はその願いを望んだ馬鹿な男の夢に付き合っているだけ。
まぁ……あいつの運命重たいから、少し私背負ってあげているのよ」
「結局……議論は平行線だったな」
「ええ。だから拳で決めましょう」
こっちの準備は終わった。
向こうも終わっている。
向こうの拳が私を打ち下ろすか。
私のソードメイスが彼を貫くか。
影が動く。
私が呪文を詠唱しながらメイスを振り下ろす。
「やめてくださいっ!!」
私と影の間に入り込もうとする別の声。
だから未来ってやつは大嫌いなのだ。
分かったとしても、対処できないから。
私のソードメイスと彼の拳が辛うじて軌道をそらしたその間には、勢いで出て気絶したアコきゅんがいた。
「……やる気がそれたわ。
貴方の管理なっていないじゃない」
「俺に言うな。俺だってこいつの前でお前の運命を絶つ事なんぞしたくはない」
「一つ教えて。
貴方がもし運命を絶つ事に後悔してないとするなら、この子が原因でしょ?」
「……」
「私も子持ちだから分かるのよ。だから生きているし運命に戦える」
「……だが、次は無いと思え」
「もちろん。そのときは私の運命を全て見せてあげるわ」
やつの拳と私のソードメイスが軽くぶつかる。
戦士としての礼と再戦の誓いの証。
私は先に裏路地から出て行くことにした。
後ろで『おきろっ!今夜は飯抜きだっ!俺も食事を抜くっ!!』という罵声が聞こえる。
肩で笑いをこらえながら彼らの前から消えてあげた。
だから運命ってやつは大嫌いなのだ。
こんなにも世界に意外性と物語を紡ぎ出してくれて私を巻き込むのだから。
かくして、世界の片隅で起こった即興曲は誰に知られること無く幕を下ろす。
観客たる運命が拍手をしたか罵声を浴びせたのかは誰も知らない。
あとがきみたいなもの
この話はアコきゅんとモンク師匠を生み出してくれた小説スレ三巻の14様にささげたものです。
HPにアコきゅんの話をHP載せるというからもっとかっこいいものを送ろうと画策した次第。
ママプリとモンク師匠の種族的思想の対立軸ができたのでアコきゅんとモンク師匠は独立して話が作れるようになった次第。
14様。本当に感謝。