「ん?お前は……」
「理由はあとで話す。一発殴るわよ」
乾いた音と共に、彼がつけていた仮面が宙に舞った。
火曜日の九時から行われる時計塔の学校。
アラームたんに会いに行けるから、悪ケミたんも子バフォもうきうきわくわくのはずなのですが……
「アラームたんが楽しくない??」
子バフォの報告を聞いて眉をしかめるのはバフォ帽をかぶったプリースト。
悪ケミたんのママプリなのだが、子バフォの報告に思惑が外れてちょっと困惑気味。
「うむ。やはりアチャスケが去った穴は大きいらしい」
「困ったわね……」
深いスリットから見える黒いガーターベルトなど気にせずに足を組みなおす。
元々は親馬鹿二人のこり押しで始めた時計塔の学校なのだが、時計塔側としてもメリットが無かった訳ではない。
直接的には魔族側からのより強力な部隊による時計塔の警護(バフォの嘆願書の魔族側からのお礼という訳)と、人魔のハーフである悪ケミたんとアラームたんの接触というアラームたんの心の成長の機会。
それが時計塔が進める「地上楽園化計画」に影響を与えるだろうと時計塔管理人は考えているらしい。
「で、そのアラームたんを悲しませた色男は何処に行ったのよ?」
「時計塔結界の強化の為時計塔を去り、今はバードとして世界を旅しているとか」
そんな会話が行われていたのが、上の修羅場の数日前。
最近、ゲフェンの酒場に流れのバードがやってきて聞いたことも無い曲を弾いていくという。
仮面で顔を隠したこのバードが奏でる穏やかで清々しい曲は聴く者達の心を癒してゆく。
静かに酒場の中に流れる音が終わり、拍手の中仮面のバードが酒場から出てゆく。
ぱちぱちぱちぱち……
その拍手は人通りの消えた路地裏から聞こえてきた。
「ん?お前は……」
「理由はあとで話す。一発殴るわよ」
乾いた音と共に、彼がつけていた仮面が宙に舞った。
仮面が外れ、骸骨の顔が月夜に輝く。
からんという乾いた音が路地裏に響く、仮面はバドスケの足元で転がった。
月影で顔が見えないバトスケを殴った女はスリットから見える太ももなど気にせず平然と言い放つ。
「今のは、アラームたんの分」
「アラームたんを知っている……そのバフォ帽、悪ケミの縁者か?」
「正解。アラームたんが元気がないと、悪ケミたんも元気が無くなるのよ。
だから親として貴方を殴りにきたのよ」
「なんか、ずいぶん都合のいい理由だな」
「親ってそんなものよ。
それよりも、聞きたい。何で時計塔を去った?」
傲岸不遜に容赦なく核心を突いてくるママプリにたじろぐバドスケ。
「だから、結界の強化ではじき出されたって建前は言わないから、ぐーを作るなっ!」
殴る動作を止めて先を促すママプリ。軽口の冗談で濁せないと悟ったらしい。
「結界はきっかけに過ぎなかったのさ。
俺が時計塔を離れた理由は、俺の時が止まっているから。
永い永い時間をかけてやっと『地上楽園化計画』は次の段階に進んだ。
その次の時間に死者である俺の時間は無い。それが理由さ」
「それが理由?貴方だって生きているじゃない!
ここにいる、私の前にいる貴方はじゃあ、何?」
「お前と俺との決定的な違いって何だか知っているか?
お前は泣く、笑う、怒る、喜ぶ事ができる。
俺の顔はこの骸骨だけさ」
声が自虐的に響いても骸骨はその表情を変える事はできなかった。
「アラームはこれからも、泣くし、笑うし、怒るし、喜ぶし、戦う。
楽園のために。彼女にはそれしか教えられていないから。
悪ケミが通いだして思い知ったよ。己の住む世界の小ささに。
世界にはこんなにも広いって事をな。
俺が外に出る事によって、それをアラームに教えたかった」
唖然とするママプリ。バドスケの言葉は解釈次第では楽園の否定に聞こえなくも無いのから。
「アラームたん。元気ないそうよ」
「あいつも、もう子供じゃない。
大人になるっていうのは、そういう悲しみを我慢するってことさ」
バドスケの返事に、ママプリが苦笑して反論を言う。
「親にとって、子供はいつまでも子供よ。
それにアラームたん悲しんでいる事を喜んだら?」
「喜ぶ?」
「それだけ心配しているって事よ。彼女は。貴方の事を」
そこまでバドスケを諭してふと寂しそうに、自分自身の罪を漏らす。
「私なんか……
私なんか悪ケミたんに心配される事すらできないのだから……こんな馬鹿な親になってほしくはないのよ」
ママプリはまだ悪ケミたんに母である事すら名乗っていない。それは彼女自身の罪と後悔の言葉。
「……悪ケミの分だ。
一発殴る」
「ええ」
路地裏に「ぱん!」と小気味いい破裂音が響いた。
次の週の火曜日。
今日もライドワード先生の授業にもぼんやり気味のアラームたん。
それを心配そうに見ている悪ケミたんと子バフォ。
けど、それはアラームたん自身によって破られました。
「聞こえる!」
がばっと机から飛び起きて、窓の外に駆け寄るアラームたん。
驚く残り三人の中で次に気づいたのは子バフォ。
「主よ。何か聞こえないか?」
「ほんとだ。なんかいい曲ね」
窓の外からほのかに聞こえる、澄んだ音色。
それは時計塔住人にとっては懐かしい音色。
アラームたんは窓から手を振って必死に大声で叫びます。
「アチャスケさ〜〜〜〜ん!!
わたしはげんきだよ〜〜〜〜〜〜!!!」
まるで返事のように、今までの曲とは違ってアラームたんが聞いた事も無い優しくて暖かい曲が流れてきます。
「俺は、アラームの事をずっと見ているよ」
と語りかけるように。
アルデバランの街中に流れる聞いた事も無い優しくて暖かい曲を嬉しそうに聞く、バフォ帽をかぶったプリーストがいた。
その左頬が赤くはれているのだが、気にした様子もなく曲にあわせて踊るように歩いていたという。
あとがきみたいなもの
複合反則技シリーズその3
悪ケミスレの皆様。アラームスレの皆様。
皆様の萌えに深く深く感謝します。m(_ _)m
それにしても、わが身の文才の無さにほとほと呆れるばかり。
文神様への道はとても遠いものです。
アラームスレは配置変更を受けてアチャスケが居なくなった事を前提に話を進めています。
けど、アラームたんがピンチになったらきっと助けに戻ってくるでしょう。
今回、ママプリは悪ケミに「母」として名乗っていない事にしていますが、悪ケミスレでは名乗っている事を前提のレスもあります。
いつか、母娘の名乗りのSSを書けたらいいなと思って現在構想中です。